サンエー自動車鈑金

入間市の鈑金塗装・キズ修理なら
鈑金塗装専門店「サンエー自動車鈑金」へ

0429350627

私たちが直接あなたの修理相談を伺います

サンエー自動車鈑金は入間市宮寺の自動車修理工場です。入間市周辺のディーラーや自動車販売店の鈑金修理を引き受けています。普段は自動車ディーラーや自動車販売店さんの鈑金修理を請け負ったり、地域のお客様の車検整備や中古車購入のお手伝いをしています。

地域トップクラスの技術力でキレイに安く修理します

年間修理実績2,000台を超えるサンエー自動車鈑金が、あなたの愛車のクルマのキズや凹みの修理を行います。普段は入間市や各地ディーラーの鈑金修理を行っている私たちが、ディーラークオリティの鈑金修理をリーズナブルに提供します。

昭和57年創業の老舗自動車販売店

サンエー自動車は、昭和57年に東大和市で会長「堤慎吾」が弟と3人で立ち上げた鈑金修理専門の会社です。当時は、自動車の保有台数がどんどん増えている時代です。創業者の堤は、モータリゼーションが益々発展すると考え、当時自動車整備や鈑金塗装を行っていた会社から独立、鈑金修理を専門とする会社を立ち上げました。

「あの3人組が独立したぞ」

創業当初は、地域の販売店から引く手あまたで、黙っていてもどんどん修理依頼が入るようになりました。元々、地域で評判の腕を持つ3人組が独立したとあり、その技術力を請われて地域の自動車ディーラーからも修理依頼を頂くようになったのです。

その後、瑞穂町に拡大移転。国内有数ディーラーの仕事が入るような鈑金工場に成長しました。3人で始めた鈑金工場は10人規模の大所帯に。月100台をこなす鈑金工場へ成長しました。

「ディーラーが自社工場を立ち上げ入庫がゼロに」

そんな折、バブル崩壊が訪れます。当時はディーラーからの仕事が7割を超え、いわゆるディーラーの下請け工場となっていたのですが、バブル崩壊から数年後のある日のこと、ディーラーの責任者がやってきて、私たちにこう言いました。

「ごめん・・会社の決まりでもうオタクには出せないから。申し訳ない・・」と、ディーラーのサービスマネージャーお詫びにきたのです。バブル崩壊で経営が苦しくなった各ディーラーは、鈑金修理を自社の利益にしようと、一斉に直営資本の鈑金工場を立ち上げました。そこに修理を出すよう、会社から販売店に通達があったのです。これを機会に、翌月から今まで月に100台近くの入庫があったものがストップ。創業以来の危機が訪れます。

「まずい・・どうしよう」

今まで元請け100%でディーラーの仕事しかしてこなかった私たちは、どうして良いかわからないのです。創業者の3人も、従業員達も将来の不安を抱えるようになりました。これはまずいと、とりあえずチラシを自分たちで作ってみて、近所の住宅街にスタッフ総出でポスティングをしてみたりと、見よう見まねで集客のようなこともやってみたりしました。実はその時、何件か反応があって、個人のお客さんが修理で入庫してくれたのです。自分たちで集客できて嬉しかったのと同時に、もう一つ大きな収穫がありました。それは、お客さんの「ありがとう」を直接聞くことができたからなのです。

いままではディーラーの仕事ばかりを請け負ってきた私たちは、直接ユーザーの声を聞くことができませんでした。しかし、バブル崩壊で苦境に立たされた際に、自分たちで取り組んだ集客活動によって個人のお客さんの様々な悩みを直接聞き、その想いを胸に修理に励み、そして完成したクルマを納車することで喜びの声を聞くことができたことは、本当に衝撃的でした。「ありがろう!おかげで元通りになったよ!」と喜んでくれることがこんなにうれしいことなのだと知ったのです。

 

 

「トヨタが困っている」

個人のお客様も少しづつ増えてきた頃、今度はトヨタディーラーからの仕事が入るようになりました。ある方の紹介で、あるトヨタディーラーとお付き合いがスタートします。トヨタの修理クオリティに合わせることのできる鈑金修理工場が近隣に無く、我々に白羽の矢が立ったのです。苦境に立たされた時に自分たちで集めた個人客の他に、トヨタディーラーの仕事も行なうようになり、月間の入庫台数は120台を超え、過去最高の入庫台数となりました。

拡大移転後ヤナセとの取引に挑む

トヨタディーラーの修理レベルの噂を聞きつけ、ヤナセから「修理をお願いしたい」と依頼がありました。このヤナセとの取引が、我々の修理クオリティをさらに高めてくれるようになったのです。

 

 

「塗装の肌が合って無いね。やり直しだね。」

最高級の自動車を扱うヤナセの鈑金修理に対するクオリティは、今も昔も変わらず高く、国内ディーラーのそれとは雲泥の差がありました。「塗装の肌が違うよね」とやり直し。「これじゃぁ顧客に出せないよ。」と、やり直し。何度も塗り直しを要求されます。国産車ディーラーとは違う、一千万を超える高級車両の鈑金塗装のクオリティは高く、何度も何度もやり直しを依頼されました。

ヤナセの修理ができるということは、国内トップクラスのクオリティーにあることを証明するようなものです。我々も、ヤナセに認めてもらえるよう、鈑金と塗装の技術を高め、工場の体制を強化しました。正直なところ、取引開始当初は何度も塗り直しの要求がありましたが、我々はそれに答えてヤナセの顧客の要求レベルに見合う作業を行っています。ヤナセディーラーに今でも当工場をご利用頂いてるのがその証だと思っています。

「また同じようなことが起こるかもしれない」

H16年には、トヨタのデイーラーから修行中だった創業者の息子「隄 拓馬」が戻ってきました。「また同じようなことが起こるかもしれない」バブル崩壊当時、当時の工場の2階に住んでいた息子の拓馬は、中学生時代にバブル崩壊でディーラーからの入庫が激減した時の会社の様子を忘れることが出来ず、ディーラー下請け100%で仕事を行うことの不安を無くすため、ディーラーの下請け修理をメインとした会社を変えることを決意します。

個人客を相手に整備や車販をスタート

個人客を相手に整備をスタートしたといっても、私たちはディーラー専門の下請け鈑金工場工場です。個人客は、バブル崩壊後から細々と続けているポスティング活動だけでした。そこで、息子の拓馬は、以前苦境に立たされた時に行っていたポスティング活動を見直し、強化することにしました。
最初は1人2人と、地域のクルマのお困りごとを解決していきました。すると、車検整備や中古車販売もご依頼頂けるようになりました。もちろん、鈑金塗装のお悩み相談も行い、キズやヘコミの修理も増えていきました。自動車に関する様々な顧客の悩みを解決するうち、車検整備や車両販売台数も増え、今では鈑金修理の他に、車検台数年間2,000台を超える自動車整備工場に成長、注文販売やレンタカーなども扱う自動車ディーラーとなったのです。

おい、そろそろお前が後を継げ」

「おい、そろそろ社長を禅譲するぞ」2008年11月の頃、創業社長が息子に突然言いました。拓馬は晴天の霹靂でした。創業者が55歳、2代目の拓馬30歳の時でした。ディーラーの下請け工場だった会社を変革しようと車検工場を立ち上げたり、車両販売を始めたりと、地域の顧客と会社のために奮闘していた息子の実績を評価したのでしょう。若干30歳の息子に社長を譲り、自分は会長職に退きました。今では、2代目社長を先頭に従業員一丸となって、鈑金修理・車検整備・自動車販売など、地域の顧客のために奮闘しています。

「三方よし」

サンエー自動車には、創業時からの社訓があります。それは近江商人の経営哲学のひとつとして広く知られる「三方よし」の考え方です。「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる」という考え方です。実は「サンエー自動車」という社名の由来は「創業した三人が栄える」という意味でサンエー自動車と名づけられました。それがいつしか「顧客・取引先・会社」と変わってきたのです。僕らの自動車修理技術で地域の顧客が栄え、取引先も栄え、そして会社も栄えるよう「三方が良し」の経営方針で日々仕事に励んでいます。

鈑金塗装のWEB見積もり
鈑金塗装の相談予約
0429350627

PAGE TOP